インテリアの話

巷で流通しているいわゆる「オシャレ部屋ムック」というものが、メディア類――例えば本・CD・ゲームなど――の増加を考慮していない、という話を耳にして自分なりのインテリア覚書を記しておくのもよいかなと思った。

まず前提として、家には700冊を超える蔵書があるのだが、やはり圧倒的にスペースをとるメディア媒体は書籍だ。本を溜め込む気質の人であれば誰しもが身に覚えがあることだと思うのだが、本というものはある一線を超えると部屋のインテリア性と両立できないオブジェクトとなってしまう。そこで取り沙汰されるのはあくまで「収納術」であって、「オシャレコーディネート」ではない。あまりにも量の多すぎる本は、あの「オシャレ部屋ムック」的洗練とは似ても似つかないお荷物アイテムとなるのだ。

「オシャレ部屋ムック」の特集をみていると、要は「採光がとれた明るく健康的な部屋」がまずベースで、構成要素を極力引き算したシンプリファイによる洗練、を目指す例が多いように感じる。しかし、構成要素を引き算しようのない場合はどうすればよいか。そこで自分が考えるコーディネートテクニックが照度のコントロールである。照明をスポットであてることである種の煩雑さは意識にのぼりにくい隠蔽を施すことができる。

照明をスポットで当てていると、部屋の中に視線の誘導コースが出来て空間にプライオリティが設定できるので、わりかし物が散乱していても見栄えが悪くなりづらい。逆に蛍光灯の青白く均質な明かりは、室内のノイズオブジェクトも同様に「均質に」浮かび上がらせてしまう。メディア媒体が一線を超えて過度に増えることによる「部屋の煩雑さ」はつまり、ノイズ的オブジェクトの増加による均整のとれなさ・不調和・部屋の構成テーマの不在だと僕は常日頃から感じている。なので「大量の本」を処理するためには、それがおさまる視覚的象徴項を用意するか、プライオリティの低い劣性の空間内に退避させれば良い。劣勢の空間とは、空間を立体的にみせるために意図的に照度の落とされた、目立たないスペースのことである。

また、照明の色も重要である。照明の色も照らされた物体の色を規定する要因となるので、色温度が低く黄味の強い照明は照らされた対象の色を濁らせる可能性があり、部屋の色調を考える際にスポット照明の色味には気を配るようにしている。実際プロユースの高価な照明球には元の色をより綺麗に発色させる効果をもつものもあるそうだ。僕の場合、照度の強弱のつけ方、つまりコントラストで「モノの存在感が変化する」という意識が強く、モノの見え方には想像以上に対象物の照度が関係していることを実感してしまう。ただしかし、実際問題として多くの人は部屋全体の光量を落とし過ぎると生活に支障をきたすだろう。家族全員が揃うリビングが薄暗い、というのはなんともすわりが悪い。おそらく「オシャレ本ムック」がシンプリファイによる洗練を目指す所以は、その辺りにありそうだ。逆にいうと物が溢れる空間の中で、それらの調和のために生活を犠牲にしてまで部屋全体の光量を落そうと考える人間は少ない。

一人暮らしの大学生というのは気楽なもので、本さえ読めれば生活に困ることはないので、その辺り僕はのんびりと自分勝手にやっている。それに映像の視聴に関してもプロジェクターでスクリーンに投影するスタイルなので「暗い部屋」に最適化して今の所不自由はしていない。空間にプライオリティをつけるという話と関連して、部屋全体のカラーコディネートも重要な関心事なのだが、この話もまたいずれしたい。

それにしてもである。いかんせん僕は物を増やしすぎる癖があるので、そのために部屋の導線を犠牲にしてしまっている感がある。その辺りを改善するためにも、部屋の導線などを「人間工学」の観点から解説した本などを抑えていきたい所だ。ああ、またホンが増えてしまう……。

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